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近所に銚子丸という回転寿司屋がある。
手ごろな値段で、それなりに新鮮な魚を食べれるとあって、結構な頻度で通っている。
土日ともなると、人であふれかえり、かなりの間待たされる。

そんな寿司屋にひとり僕が(正確に言うと相方含め)気になっている人がいる。

僕らの中で彼女はSUSHI GIRLと呼んでおり、非常に優秀な職人である。
注文したら、あっという間に手なれたさばきでネタを握る。
その流れるような速さに、なぜ君はこんな回転寿司屋で働いているのかと問いたくなるほどだ。

SUSHI GIRLを見ていると、彼女は寿司を本当に愛しているように思う。
そこにはお金といったものに各段こだわりがあるようには思えないのだ。
(あくまで勝手に、根拠なく、決めつけたかのように僕が思っているだけだ)

他の男性の寿司職人に劣らず、ネタを握るSUSHI GIRLは生き生きしているように見える。
SUSHI GIRLはおそらく10代後半~20代前半くらいで、アイメイクもがっつりしている。
そんながっつりアイメイクをしながら、板さんの格好をしているのだ。
要はギャルっぽいのだ、みかけは。

なぜ、そんなSUSHI GIRLを僕が気になっているかというと
実は彼女は自分の寿司スキルを上げるために、修行しているのではないかという疑問だ。

理由はある。
実は我が家の近くにとしまえんがあり、そこにも回転寿司屋がある。
しかし、そこは明らかに銚子丸よりグレードが低く、接客もイマイチで
みんなバイトみたいな子が大勢いるようなお店だ。

その店でSUSHI GIRLに最初に出会った。
今よりもやる気がなく、もんもんとしているように見えた。
でも、そのときは単純にやる気のないネタを握る女の子という印象だった。

しかし、しばらくしてSUSHI GIRLを見かけたのはとしまえんのやる気のない回転寿司屋ではなく
土日には大行列ができて、威勢のいい職人さんが多数ある戦場のような回転寿司屋だった。

そのとき、彼女を見かけて僕はこう思った。

自分の求めているレベルはここじゃない。
もっともっと寿司を勉強したい。
寿司を愛している。

SUSHI GIRLは高みを目指して寿司店をまたいでいるのだ。
あれだけ若かったなら、もっといろいろバイトもあるだろう。
お洒落なお店で働くこともできるだろう。
いいお給料のバイトもあるだろう。

しかし、SUSHI GIRLはここで働いている。
今日も寿司屋で一生懸命寿司を握っている。

僕らはひそかに応援している。
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ものすごく共感する言葉がある。

それは自分がそう思っていたから、共感したのかもしれない。
もしくは自分もそう思いたいから、共感したのかもしれない。

金城一紀という小説家がいる。
『GO』が最も有名な小説家だ。

僕は彼の小説が大好きで、新刊が出れば
すかさず買うということを長い間繰り返している。

その中でゾンビーズシリーズというものがある。
いかにもバカバカしく、間抜けな物語っぽい匂い満載だ。

実際バカバカしく、間抜けな物語だ。
オチコボレ男子高校生たちがドタバタ活劇を繰り返しハッピーエンド。
取り立てて深い感動もすることなく、笑いありのライトエンターテイメント小説だ。

現在は新作も含めて4冊刊行されている。
レヴォルーションNO.3
FLY,DADDY,FLY
SPEED
レヴォルーションNO.0

僕はこのゾンビーズシリーズが大好きなのだ。
それは金城一紀の紡ぐ言葉にどうしようもないくらい共感してしまうからだ。

なんでだろうなあって考えてみると、
きっと僕は金城一紀に、ゾンビーズ軍団に自分を重ねたいと思っているからなのだろう。
自分を重ねてるじゃなくて、重ねたい。

物語の中でオチコボレ男子高校生ゾンビーズは
どうしようもない高校でもがき、苦しみ、怒り、叫び、走る。

彼らはボーダーを超える。越えようとする。
それは社会であったり、慣習だったり、常識だったり、ルールだったり、規則だったり
ちっぽけな名誉であったり、どうでもいい保険であったり。

大きなシステムや壁に、仲間と転がりながら、ヘラヘラ笑いながら、立ち向かう。
その戦いはあまりにも小さく、決して大きな変化など起きない。

でも、それでも彼は自由になるべく、走り続け、叫び続ける。
僕はきっと憧れているんだろうなあ。こうなりたいって。
だから、きっと共感してしまうのだろう。

彼らが発する言葉は僕の全身に突き刺さり、沸騰して、泡ぶく。
一緒に走ったり、叫んだり、ヘラヘラしながら、この社会というシステムに戦いを挑む。

そんなことをしたいって、してやるんだって、でも、なかなかうまくいかない。
社会人になって、システムに組み込まれ、声を上げてもかき消される中でも
僕は物語に現れる生物教師米倉、通称Dr.モローの言葉に
彼らが触発されるように僕も触発されるのだ。

目を見張れ。耳をすませ。感覚を研ぎすませ。身軽になれ。飛べる。
準備を怠るな。グレイトエスケープ。


「君たち、世界を変えてみたくはないか?」
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by ground0803 | 2011-03-26 12:35 | 書籍
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震災で大変なときだけれども、僕は変わらずブログを書いていこうと思う。

久しぶりにタワーレコードで買い物をした。
僕は音楽をよっぽどのことがない場合、店舗で「CD」で買う。

その理由は挙げればキリなく出てくるのだけど、
いちばんの理由は『予期しない偶発的な出会いを期待して』ということだ。

たとえば、itunesでも何でもいいのだけど、
何か買うと当たり前のようにリコメンドしてくれる。

「このアーティストを買った人はこのアーティストも買ってます」みたいな。

これはこれで関係性のあるものをオススメしてくれるし、便利なのだけど、
面白くないのだ。新鮮味もない。味気もない。

同じ音楽の趣味の友人から情報が流れてくる。
貴重な情報だ。ありがたい。99%あの人が好きなら、僕も好きだろう。
クリック。

おいおい、お前フル活用じゃないか。
そうです、大いに恩恵にあずかってます。

けれど、人間とは満足しない生物。
もっと。もっと。もっと。もっと。
新たな出会いを求めている。

そんなわけで僕は定期的にタワレコで足を運び、
視聴をし、手書きのポップを読み、偶発的でフレッシュで
予期しない偶発的な出会いを期待している。

そもそも今日は何のはなしだ?
音楽の話だ。

リコメンドうんぬんは脇に置いてこう。

そんなわけで今日お昼にタワレコに行き、予期しない偶発的な出会いがあったわけです。
その音は店舗のはじっこにちょろっと置いてあるだけで、
誰も見向きもしていなかった。
もしかしたらそれなりに有名かもしれないけど、こういう一瞬の出会いがある。
一瞬の音の出会いが、大きく気持ちを揺れ動かすことがある。

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BLACKBIRD BLACKBIRD/Summer Heart

若干23歳のサンフランシスコ在住の男の子のソロワーク。
ジャケットも素敵なんだけど、音がすごくドリーミーでポップ。

昼でも夜でも時間を問わず気持ちのいい音の数々。
音像はクリアでキラキラしてる。
オススメです。

こういう出会いがあるからやめられないってわけです。

もちろん、視聴機マジックで買ったけど、失敗したなんてことも
多々あるわけですが(笑)


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by ground0803 | 2011-03-23 18:52 | 音楽
地震から48時間が経過した。

僕は無事でいて、僕自身元気に生きている。
家族も平気。相方も相方の家族もひとまず平気。
けれど、その数百キロ先には今も苦しんでいる人たちがたくさんいる。

僕の友人家族も岩手にいたり、
別の友人も実家が茨城にあったり、
知人のお義父さんが岩手にいたり。

僕は節電や募金くらいしかできることがなく
ただただ祈り、願い、想うばかり。

それでも何か役に立ちたい。
1%で直接的じゃなくてもいし、間接的でもいいから、役に立ちたい。

・Google 探したい人/消息状況がわかるサービス
 ⇒ Person Finder

・Google 今回の災害の情報や被害情報をリアルタイム更新
 ⇒ Google Crisis Response

・災害募金
 ⇒ Yahoo!ボランティア(壁紙購入またはYahoo! ポイント)
 ⇒ TポイントとTカード(Tポイント)
 ⇒ グルーポン(クーポン購入)
 ⇒ goo 募金(壁紙購入)
 ⇒ はてな義援金窓口(はてなポイント)
 ⇒ @nifty Web募金(壁紙購入)

つながりこそが、僕らの武器です。
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ソーシャルメディアを使ってうんちゃら。
ソーシャルグラフを使ってうんちゃら。

ソーシャル。ソーシャル。

巷を見渡せば、そんな言葉がよく聞こえる。

ソーシャルメディアは抜本的な革命だ。
ソーシャルメディアは効果的だ。

そんな話に僕はかなり食傷気味。

僕はソーシャルメディアが好きだし、多大なる恩恵も受けている。
でも、それがソーシャルメディアを使っている人全員に
当てはまるかと言われればそういうわけではない。

ただの情報種集。
ただの友達の近況。
ただの好きなブランドからの情報。
ただの友達からのオススメ。

ソーシャルメディアが使われる正しい方法なんてない。
ひとりひとりが自由に好きなように使えばいい。

個人としても企業としても
作法を考えながら、ソーシャルメディアを使えばいい。

僕は最近、
ソーシャルメディアは誰かにとって、たったひとつでもいいから
一瞬でもいいから、誰かにとって寄り木になるものがあれば、それだけで価値はあると思っている。

過度な期待も過度な否定もせず、
友達の言葉でも、オススメの音楽でも、
自分の人生を有意義に価値あるものにするためのひとつの寄り木になればいいと思っている。

誰かにおめでとうって言われた。
がんばれって言われた。
面白いコンテンツを見つけて、嫌な気分がちょっとだけ晴れた。
友達との他愛もない会話が気分転換になった。
企業からの何気ないつぶやきにクスッと笑ってしまった。

どんな些細なことでもいいから
誰かにとってその瞬間プラスな気持ちに、もしくは考える気持ち
一瞬でも心がときどき立ち止まれば、充分に価値あるものだと思っている。

そんな風な考えて、この目まぐるしく変わりゆくこの面白き時代の一員として
ソーシャルメディアに関わっていければなあ、なんて考えてます。
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先日、久しぶりに髪を切った。
南青山で髪を切り終わったのは夕方4時ころ。

そのとき、僕は何を思ったのか、どこまで歩けるかなあという漠然とした
それでいて、ワクワクするようなことを思いつき、歩いてみることにした。

まずは南青山から国立競技場まで。
友達が住んでることもあり、よく知った道を歩く。

普段、クルマやバスで通り過ぎている道を改めて歩くことは
まるで友人の新しい一面を垣間見る感覚に似ている。

「あー、お前そんな嗜好があったのね」

国立競技場からと都庁前までルートを伸ばす。
同じように歩いている人、そっとたたずむお店
小さな小さな【発見】と【確認】が次から次へと現れる。

「あのお店は何を売っているんだろう」
「ここで働いている人はどんな人たちをお客さんとしてるんだろう」
「この道の先には、こんな景色があったのか」

僕はなんだか無性に楽しくなってきてしまって、
遠回りをしながら、知らない道を曲がってみたり、そんなことを繰り返し繰り返し
都庁前を目指す。

しかし、人とはなかなか欲深い生き物で、都庁前まで行ってしまったら
もう少し行ってみたい。と思うのである。

結局、大江戸線中井をゴールに設定し、歩き出す。
同時に知らない道を好き勝手に歩き、迷う。

すると、人間とはなかなか弱い生き物で、一気に疲労が溢れだす。
自分のテリトリー内だと尚更、溢れだす。

結局、僕はゴール間近で疲労困憊となり、
中井のひとつ手前の駅、東中野で東京散歩を締めくくることになった。

それども、心地よい疲労感と東京というずっと生まれ育った街の景色の
新しい一面を見れて、なんだか得したような、秘密を教えてもらったような気分だった。

東京って広いね。やっぱ。
いい東京散歩でした。
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