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ちょっと前にfacebook上に音楽のコミュニティファンページを開設してみた。
それは音楽にまつわるユーザ同士のコミュニケーションと情報発信が目的のページ。

ちなみにこちらです。
sound space,sound track

それで、これを作りながらふと思ったことがあるわけです。

『mixiでもよくいろんなコミュニティ作ったなあ』

それは今も存続していて、
あるコミュニティなんかは6000人を超えているものもある。

そんな流れで久しぶりにいろいろな自分が参加しているコミュニティを見てみたんだけど、
それがとても面白かったし、魅力的に見えた。

普通にブランドや企業のコミュニティもあるし、
有名人やアーティストのコミュニティもある。

中には
『長文書いたら消えました』
『この景色に出逢えて良かった』
『すぐ顔に出る』

上記みたいな非常にニッチでありながら、面白いコミュニティが無数にある。

僕はそこにmixiだけにしかない価値を感じたんだよね。
facebookにもいろいろなコミュニティがあって、それはそれで面白い。
特に企業がマーケティングやビジネスに使うには適しているのかも、しれない。

mixiは3月に企業向けコミュニティをスタートさせるらしいが、
僕はこの無数にある独特でニッチあるコミュニティがmixiの中で非常に価値のあるものと感じる。

それをビジネスに活用できるかはちょっとわからないんだけど、
つまりはmixiはソーシャルグラフと同時にインタレストグラフを併せ持つプラットフォームで
そこがいちばん魅力的なのではないかな、と思うわけです。

未だに僕は何か特定の【ナニカ】たとえば、旅行に行く際のその国の情報だとかも
mixiのコミュニティなんかを使って聞いたりしてる。

リアルな交友関係と同時に同好関係ともつながれるmixiは結構いいなあと
改めて思ったわけです。

facebookにできないのか?と言われればできると思うんだけど、
日本において考えた場合、うまくあんまりイメージできないんですよね。

アクティブ具合でいえば、もはやfacebookのほうが長いんだけど、
mixiはmixiでちょこちょこ見てるし、活用している。

ソーシャルグラフプロバイダーもいいと思うんだけど、
もっとこのインタレストグラフが無数にある部分もうまく活用できたらいいのになあって。

ただの雑記でございました。
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完全に雑記です。話も考えもまとまっていません。あしからず。

最近、たびたび思っていること。

ソーシャルメディア、ソーシャルコマース、ソーシャルグラフ。
ソーシャルネットワーク、ソーシャルリコメンド、ソーシャルウェブ。

ソーシャルってなに?

何を持ってソーシャルというのか。

あまりにソーシャルという言葉が乱発されていて、
もはやつけたもん勝ちのような気さえしてくる。

この【ソーシャル】という言葉はいろいろと細分化できると思うんだけど、
ものすごくざっくりに分ければ以下のふたつに分類できると思っている。

①人に基づいたソーシャル
②社会システムそのものに基づいたソーシャル

いま、いろいろと話題になっているのは①の人に基づくソーシャルだ。
もちろん、これをさらに細分化できるんだけど、今回はとりあえず無視する。

僕が言いたいのは、この【ソーシャル】という言葉は
人なのか、社会なのかということ。

『両方に決まってるだろ、バカヤロー』と言われるのは重々承知している。

うまく言えないけど、僕の考える今の【ソーシャル】という現状は
ほとんどが人に基づくソーシャルの話であって、これは本質的にはソーシャルといえるのかといいうこと。

つまり、僕の言う②の社会に基づくソーシャルとはまさしく社会のシステムそのもののことで
水道、ガス、電気のような公共事業のようなソーシャルを指す。

ともすれば、【ソーシャル】という言葉にはレイヤーがあって、
社会システムそのものを指すソーシャルの上に、人に基づくソーシャルがあるのではないか。
もしかしたら、逆かもしれないけど。
人に基づくソーシャルの上に社会システムそのものを指すソーシャルがある。

なんていうんだろうなあ。
まだ技術的にできてないってのもあるんだろうけど、
いま、巷でよく使われるソーシャルって、【ソーシャル】って言葉の一側面
もしくは半分に過ぎないんじゃないかなあと思うわけです。

facebookのマーク・ザッカーバーグはfacebookを『公共事業』だと言った。
その意味がまさしくその言葉通りだとしたら、

それが例えば、facebook上で電気やガス、水道なんかが払えて、
確定申告なんかもできて、選挙投票もできて
まさしく僕らが生きる社会のシステムそのものを担う、
もしくは部分的に担うことができたら、
初めて真の意味での【ソーシャル】っていえるんじゃないかなあってこと。

もちろん、これは多大なる課題がある。
それは十分にわかってる。

いうなれば、サマーウォーズの世界のOZみたいになったとしたら、
【ソーシャル】って言葉が完成する気がしている。

そうなったとき、プラットフォーム側、プラットフォームに乗る側
いろんな可能性が広がってると思うんです。課題と同時に。

そんな時代に、そのような仕事のはじっこに関われていることに感謝しながら
あーでもない、こーでもないといろいろと考えている今日この頃。

本当に雑記でした。
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ソーシャルネットワーク


ついに昨日、念願の念願の【ソーシャルネットワーク】を鑑賞してきた。
鬼才デビット・フィンチャー監督、アーロン・ソーキン脚本、トレント・レズナー音楽、
facebook創設者マーク・ザッカーバーグを描いた映画。これを期待せずにいないほうが難しい。

もっとも、世の中とりわけ広告・web業界の一部ではfacebookが来る!来る!なんて
この映画をいいように利用しようという魂胆がどうにも気に入らない。
デビット・フィンチャーが描く時点で、facebook自体を描くわけがない。
facebookはオマケだ。本質はそこじゃない。
facebookの話はまた別のところでしよう。

と、そんなわけで仕事とプライベートの真ん中をとった【ソーシャルネットワーク】は
どうだったのだろうか。ちなみにゴールデングローブ賞を4部門受賞した。

一言でいえば、傑作だった。文句なしに。
この映画は原作があり、基本史実に基づいているのだけど、脚色もかなりあり、
厳密には史実とは違う。なので、あくまで娯楽映画として観た感想になる。

マーク・ザッカーバーグはアメリカでいうノードであり、ギークとして描かれる。
彼はあるひょんなことから、facebookというアイデアを思いつき実行する。

物語は基本的に訴訟問題とfacebookができるまでの過程を中心に描いている。
見事な編集のカットバックで時間軸と変えながら描いている。

監督のデビット・フィンチャーはこう言っている。

【創設者マーク・ザッカーバーグには、彼にだけ見えていたビジョンを完成させる責任があった。
だからそれを守らなくてはいけなかったのだ、と。
これは天才クリエーターのマインドを知る物語だ。facebookの物語じゃない】

そう、彼マーク・ザッカーバーグは守るべきものがあった。
そこには多大なる犠牲を伴わなければいけなかった。
だからこそ世界最大のSNSは生まれた。

彼は本当は人とつながりたくて、しょうがない人間だった。
でも、彼は自分が生み出した、人とつながるツールで人とつながれなくなってしまった。
5億人の友達と引き換えに、つながっていたかった人とつながれなくなった。

その心象風景を演出と編集と脚本と音楽で描ききる儚さにとても感銘を受けた。
ラストシーンのマーク・ザッカーバーグの行動が何よりも象徴的であり、示唆的だ。

僕らは何のためにつながろうとするのか。
僕らは何でつながりたいと思うのか。

人とつながること、信念、夢、意思、ビジョン、目的。
そのために失う代償は?

もちろんこの映画は事実に大きな創作を加えた物語だ。
だから、実際のマーク・ザッカーバーグがそうだったかはわからない。
それはいいのだ。僕は映画のソーシャルネットワークの感想を書いている。

これはひとりの若者の心を描く物語だ。
僕は素晴らしかったと思う。

もう一度観たい。
それぐらい強烈で悲しく、切ない映画だった。

最後にあえて言うなら、予告編に流れる賛美歌のcreepを流したら
一層世界観が深淵になり、言葉にできない感情がより沸き上がってきただろう。

傑作です。ソーシャルネットワーク。

creepが流れる予告編とともに。

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先日、今年度最初のライブに行ってきた。

John Butler Trio


本当は去年の10月に来日公演の予定だったんだけど、急遽キャンセルになり、今回が振替公演。
John Butler Trioはオーストラリアのバンドでオーガニックジャムバンドなんて形容のされ方をしている。

去年のフジロックで初めて彼らを見て、そのあまりの演奏技術の高さに打ちのめされ、
フジロック以来の再会に今か今かと待ちわびていた。

舞台は赤坂ブリッツ。
予定より5分ほど遅れてライブは始まった。

もうとにかく、楽しいの一言につきる。
それは極めて平凡な表現になってしまうけれど、
本当に「音楽って楽しいんだ!」っていう気持ちしか湧いてこない。

彼らがメンバーと笑顔をかわしながら、楽しそうに演奏をする。
同時に僕ら観客も最大限楽しんで帰ってほしい。
そんな想いがヒシヒシと伝わってくる。

そして、その裏付けとなるものが、彼らの高い演奏技術。
ギター、ベース、ドラムの編成なんだけど、すべてのパートのクオリティが異常なくらいうまい。
うまいという表現すら陳腐に聞こえるほど、うまいんです。ほんと。

その彼らの想いに高い演奏技術が加わると、僕ら観客は何とも言えない幸福感に包まれる。
「あー、音楽って本当に音を楽しむって書くんだなあ」って。

2時間きっかり演奏してくれて、大満足のライブだった。
音の一音一音が、僕らに届き、笑顔になり、一体となる。

「無駄に前向きになるんじゃなくて、いろんな苦しみや悲しみやしがらみを内包しつつも
それでも前を向いてやっていこうよ」

彼らの音楽はそんな風に思える力があるなあと思ったわけで。
次いつまた会えるかは分からないけど、早くまた会いたいなあって。

音楽という言葉をまさしく体現してくれたJohn Butler Trioに感謝。

最後に僕の大好きな曲を2曲紹介。

壮絶なギターテクニックが冴えわたり、思わず涙が出てくる名曲
【Ocean】


そして、ライブの最後のナンバーとなっている定番
【Funkey Tonight】

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by ground0803 | 2011-01-17 11:17 | 音楽
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2011年を迎えて、仕事も始まり、けれども三連休になり、
お休みなんだか仕事全開なのかいまいちよくわからない今日この頃。

今年はどんな年になるのかなあ。
今年はどんな年にしたいかなあって考えてみる。

昨年は種を蒔いて、結果小さく実ったものもあれば、大きく花開いたものもあり、
ともすれば幸せな一年だったなと思う。いや、幸せだったなあ、間違いなく。

そして、今年はいよいよ自分の中では『飛ぶ』というキーワードが大事になってくる一年だと思っている。
それは仕事もプライベートも。
きっと大きな決断をする一年になると思う。

まだまだ足りないところはあれど、助走はいっぱいしてきたつもり。
そろそろ、『飛ぶ』ことが必要になってくるんだと思う。

『飛ぶ』ってなんだろう。
それは決断であり、決意であり、行動であり、想いであり、意識であり、
自分を取り巻くすべてのことに紐づく言葉なような気がしている。

足りないところはあげてもあげてもキリないし、
勉強不足もあげてもあげてもキリがない。

したいことは山ほどあって、どれも実現したいと思っている。
それは大きなことから小さなことまで。

でも、どう転んだって僕はまわりの人に支えられ、助けられ、生きていると思うわけです。
一人じゃなんもできないんです。

だから、今年は自分自身が『飛ぶ』ことも意識しながらも
まわりの大切な人たちも『飛ぶ』ことが、その手助けができたらいいなあと思っている。

きっと転機の一年になる。
そんな気がしている。

自分の足元を見つめ、楽観も悲観もなく、ちゃんと受けとめ、胸をはって
『飛』躍できる一年にしたいと思います。
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