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頭を整理する為の備忘録として。

いま、FacebookのOpen Graph戦略によってwebの世界はソーシャルweb化していくと言われている。
その流れに合わせ、そして対抗するようにGoogleが本格的に参入を予定しているようだ。

いよいよソーシャルグラフが今まで以上に可視化され、僕たちの生活に影響を及ぼして行くようになる。

そこで、ふと思う。
日本はどうなのか?日本はどういった道を進むのか?

世界中でFacebookはトップのSNSになっているが、
トップになれていないのは日本、韓国、中国、ロシアだけだそうだ。

よく聞く話がFacebookは日本でトップになれるのか?

それに対しての意見は本当にバラバラで、
UIが日本向けではないから難しいとか、mixiが打ち出す8月の新戦略によって、
トップに立つことはできないとか。
一方、twitterの半実名化によって参入しやすくなってきているとか。

個人的には【単独トップ】にはなれないというのは今の時点での考えだ。
理由としては3つ。

1、ユーザのグローバルな視点の欠如
Facebookの範囲は世界。一方、世界と繋がれる日本人(英語力、グローバルな人間関係含む)は
他国に比べて少なく
同時に自分の見える関係性を好む傾向があり、Facebookのひとつの持ち味が活かせないこと。

2、ソーシャルグラフの再構築
すでにある程度構築できているソーシャルグラフをわざわざ再構築する可能性が低いこと。
合わせて【1】のUIが使いにくいなどということもこれに拍車をかける。

3、ゆるいつながりからの不脱却
ツイッターがキャズムを越え、だいぶ一般化してきた傾向がある。
ツイッターがこれほどまでに広がりつつあるのは
140文字の短い制約とゆるいフォロー、フォロワーとの関係であると推測する。
(厳密にはもっとたくさんあるんだけど)

そういったゆるいコミュニケーションとつながりの中で
今一度、ゆるくはない関係を構築するのは、難しいのではないか。

もしもツイッターが普及する前にFacebookが伸びはじめていたら、わからかなかった。
(実際はツイッターよりも先んじていたが、一般に浸透したのはツイッターだった)

以上のことから、これからこと日本においてFacebookが【単独トップ】SNSになることは
なかなかハードルが高そうだ。mixiと組むこともありえるが、今回は深くは掘り下げない。

いま、世界はFacebookの波になっており、すべての基幹ともいえる役割を担っている。
なので、決して日本で浸透しないとは限らない。
今後伸びて行くことは間違いない。

では、特に日本においてこの群雄割拠のソーシャルメディアの中で
何が生き残り、絶えていくのか。

実は個人的にそれよりも重要視しているのが、個々のソーシャルメディアの状況ではなく
多くのソーシャルメディアの中を自由に泳ぎ回る起点こそが重要なのではないかと思っている。

それが【ソーシャルターミナル】という考え方。

空港のように自分の起点となるターミナルがあり、そこから各国へ自由に飛び回る。
そしてそこからもまた別の国へ飛び回る。
長い長い休暇でも、短い出張だとしても戻ってくる場所がある。それは自分の国の空港だ。
それがソーシャルターミナルの発想。

つまりFacebookやツイッター、my space、Foursqareなど各ソーシャルメディアが国だとして、
それをハブとしてつなげる場所って意外にないなあという気がしている。

flavors.meは自分のいうソーシャルターミナルの発想にとても近い。
あと、Hootsuiteも近い。

グローバルにおいてはおそらくFacebookが世界となるだろうが
日本においてはFacebookは世界になることはなく、ひとつの国でしかない。と思う。今のところ。

日本におけるソーシャルターミナルを作る。

どんなにFacebookが台頭してきても、mixiが対抗する策を出したとしても、あるいは組んだとしても、
GoogleがGoogle meをリリースしたとしても
位置情報系やその他ソーシャルメディアが増減しようとも
きっと日本ではひとつに統一されることはない気がする。

各ソーシャルメディアがそれぞれを取り込む、連携することはあるにしせよ、
逆にまとまらないような印象を個人的には持っている。
それを行なおうとしてるのはFacebookdだけど、日本ではどうだろう。

だからこそ、どこにも属さないけど、どこにでもつながっている場所を提供してあげること。
ソーシャルターミナルなものが結構必要なことなのではないかなあとほそぼそと考えている。



うーん。まとまっていないし、穴だらけ。勉強不足だ。。。
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僕の最寄り駅に西友がある。
その中にちょっとしたお弁当街がある。中華やらとんかつやらいくつか並んでいる。

僕が個人的に気に入っているお店がある。
店名は忘れてしまったけど、ステーキ弁当が主な商品だ。

そこで働いている『木下のおばちゃん』がとても好きなのだ。
決して段取りがうまいわけでもないし、お釣りは間違えるし、商品をくれなかったりとダメダメっちゃダメダメなんだけど、僕は気に入っている。

それはなんでだろう。
ひとえにそれは【心底お客さんのことを考えている】という想いが伝わるからだと思う。

もちろん、接客業である以上、お釣りを間違えたり、商品を渡すのを忘れてしまうのはよろしくないんだけど、それを補い余るくらい、気持ちのいい接客なのだ。

僕がなんとなく疲れて顔を出すと
【元気?今日はなに食べる?タイムセールでこれがいいよ】って言ったり。
週の始めに顔を出すと
【今日は月曜日だから、一週間乗り切るためにこれにしなさい】って言ったり。
商品を渡すのを忘れたりすると
【ごめんね。。私いっつもへまばかりで。懲りずにまた来てね】って言ったり。

ひとつひとつの言葉に気持ちがこもってる。
その他大勢じゃなくて、僕だけに向けてくれている。

都合良く解釈すればそんな風に感じるのだ。

でも、それでいいんだと思う。
僕はこれからもこの【木下のおばちゃん】がいる弁当屋でステーキ弁当を買い続けるだろう。
それはそこに【木下のおばちゃん】がいるからだ。

弁当の味も価格も大事だけど、僕は【木下のおばちゃん】から買いたい。
だって、結局、人と人の関わり合いだと思うからです。
直接顔を見て、声を聞いて、話して、
これ以上の関わり合いってないからこそ大切なんだと思うわけです。

いま、やれソーシャルメディアだとか会話、対話マーケティングだとかいろいろ言われてますが、
そういう人と人との関わり合いがあってこそのものだと思うんです。

どんなにツイッターで会話をしようとも、顔を見て直接2分話すほうが
よっぽどそのお店、企業への愛は深まる。

だから、そういうところをおざなりにしていないか。
どんなにツイッターで関係を築こうにも、そのあとお店に行って、嬉しくなかったり、気持ちよくなかったり、感じが悪かったりしたら、一発で崩れる。

まず足下を見つめて、それでも届かない人たちへ伝える手段として、
ソーシャルメディアを活用する。

気球みたいにフワリフワリと会いには行けないから、
会えない人たちとつながるために、全員に直接お礼を言いたいけど、言えないから、
ソーシャルメディアを活用する。

そんなことを思う蒸し暑い月曜日の夜です。
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東京でもまだまだ知らないところはあるんだなあ。
ましてや、東京生まれ東京育ちなのに、全然行ったことない場所なんていくらでもある。

そう、今回巡る旅は上野。

祖父が生粋の江戸っ子で父もずっと下町生まれなのだけど、孫の僕は生憎そこまで下町に深く触れる機会はなかった。上野も車で通るくらいで、じっくりと自分の足で見てみたことはなかった。

まずはおいしいお蕎麦を食すということで、人生で初めて千代田線の【根津駅】に降り立った。
匂いが変わるんだなあ。あと、路地を一本入ると色が変わる。

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下町の路地を抜けながら、5分〜7分ほど歩くと今日のお昼のお目当て【鷹匠】がありました。

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お蕎麦はしっかりとコシがあり、蕎麦の香りがとてもして、何もつけなくても十分おいしいお蕎麦。

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合わせてタレも鰹節が効いていて、これがまたものすごくおいしい。
お蕎麦を食べる前のつまみも最高で、予約しなければ取れないってのも納得。

さて、お蕎麦を頂いたあとは、国立科学博物館まで芸大横を通りながら目指す。

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初めて訪れた国立科学博物館って上空から見ると飛行機の形をしてるんだね。
地球館と日本館両方とも面白かったなあ。
特に地球館のB2Fの古代生物の化石B1Fの恐竜の化石はやっぱり面白い。

時間があまりなかったので、ゆっくり見れなかったけど、
次回は時間をかけて見てみたい。
ちなみに大哺乳類展は大人気でした。僕が行ったのは常設展。

上野駅まで歩いて、スペインバルで小休憩。
アメ横もじっくりと歩いたことがない僕は初めて潜入を試みる。

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テレビでよくはみていたけれど、やっぱり日本もアジアなんだなあって思う。
世界を回ってみて、こういう通りはいくらでもあるんだけど、
やっぱり活気や声の質が欧米とは違うんだね。
台湾や香港に近い。

妙に新鮮で面白かった。

東京でも出会ったことがない場所はまだまだいくらでもある。
東京生まれの東京育ちでも、だ。

カメラ持って、ぶらり途中下車の旅も素敵だろうなあ。

有意義な休日でございました。
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by ground0803 | 2010-06-13 12:36 |
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巷ではやれソーシャルメディアを含むwebとマスメディアは対立概念ではなく、
補完し合う関係だとか言われているけれど、ちょっとのそのあたりの自分なりに考えてみたい。

たぶん、いろいろな人が言ってるかもしれないけれど、ご容赦くださいね。

テレビ局、マスメディア、広告代理店の方々が考えるソーシャルメディアを含むwebとwebの中にいて、webに多大なる可能性を感じている人では、捉え方、利用の仕方が異なってくると思うのです。

あるテレビ局もしくは広告代理店が狙った話題化、バズがweb上で、
違う!これは消費者を馬鹿にしている!わかってない!と声を上げ、
ソーシャルメディアを含むwebで氾濫したとしても、
もしかしたら全然いいのではないかと思ってるんじゃないかってこと。
もちろんモノ、コトによります。

例えば、ちょっと前にかなり話題になった北川悦吏子脚本のドラマ【素直になれなくて】

これはtwitterを使ったドラマですが、ひどい言われっぷりですよね。

twitterを出会い系と勘違いしている。
twitterじゃなくてもいいじゃん。
北川悦吏子さんはtwitterを何もわかっていない。
twitter上での北川悦吏子さんの発言等。
などなど。

でも、テレビ局からすれば悪いバズが起ころうが別にいいと思ってるんじゃないかなあ。

つまり、ドラマを見てくれればいいってこと。

ソーシャルメディアを含むweb上で【素直になれなくて】やその周りに付随してる要素を批判してる人って
結局、テレビ局の戦略にうまくハメられてるって気がするんですよね。(注1)

だって、なんだかんだで見てるんだから。

たとえそれが一回きりだったとしても、その声が拡散して広がっていけば、その人は見なくても
また別の人が見てくれるかもしれない。

だから、本当に【素直になれなくて】を批判するんだったら、見ない、書かないってことだと思うんです。
嫌われるよりも無視がいちばん、悲しくないですか?

ってことを考えていくと、結局テレビ局からすれば、全然オーケーよ、と。(注2)
ちょっと今の【素直になれなくて】の視聴率はわからないんだけど。

注1)別にその戦略がいいとか悪いとかを論じるつもりもありません。

注2)もちろん決めつけているわけではありません。テレビ局の中にいる方でも
もっともっとテレビとwebを前向きに融合しようとしている方は大勢いらっしゃると思います。

つまり、僕らはいつでも声を上げられて、その声は可視化されて、ストックされてる状況になったけれど、
実は思考停止になりつつあるんじゃないかなあ。あらゆる声に。

テレビからのニュースを盲目的に信じることは思考停止につながる。
だからこそ、僕らはソーシャルメディアを含むwebのように統制出来ない情報も含め、
自分でジャッジして、判断していくチカラが必要なんだとどこかの本に書いてありました。

でも、実際はマスメディアとソーシャルメディアを含むwebが増えただけで、
あまり変わってないんじゃないかなあ。

今一度、冷静に捉え直したいもんです。
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久しぶりにサマーウォーズを観た。
やはり傑作。素晴らしい作品だと思う。

内容は実際に観てもらうとして、ちょっと今日はサマーウォーズからソーシャルメディアについて考えてみたいと思う。

サマーウォーズ内で描かれる【OZ】という架空世界は、ソーシャルメディアの究極形とも言える。

サマーウォーズで描かれるのはバーチャルを越えた本当の人間同士のつながり。
どんなデバイスを使おうが、どんなサービスを使おうが、
その先にいるのは間違いなく生身の僕らだ。

デジタルは確かに生活を豊かに、便利にした。
でも、一方でそこで呼吸し、声を上げている生身の僕らというものが
希薄になってしまうことだってあるわけで。いや、無感覚、忘却が近いかな。

その僕らは日々、悩み、苦しみ、喜び、笑い生きている。
ソーシャルメディアが現実世界そのものならば、ソーシャルメディアで溢れる情報の中には
生身の僕らの悩み、苦しみ、喜び、笑いが同様に息づいている。

その感覚を僕らはどれだけリアルに意識しているか。

なぜ、サマーウォーズで栄ばあちゃんが友人、知人につながろうとするところで涙するのか。
なぜ、ケンジが紙とペンで必死に計算し、やり直し、挑戦するところに涙するのか。
なぜ、みんなで声をあげてラブマシーンを倒すときに涙するのか。

それはリアルとかデジタルとかを越えた、当たり前の人間としての美しい行動だからだと思う。
実際に会い、声を聞き、触れて、話す。ご飯を食べる。
その当たり前だけど、大事な営みが描かれているからだと思う。

ソーシャルメディアを語る人たちの中に、
その本当の意味や想いを理解して話している人がどれだけいるだろうか。

フォローとかフォロワーとか口コミとかBuzz/ViralとかAdovocacyとか効果測定とか
そういうこともすごく大切だけど、それよりもっともっと大切で根源的な部分。
人が息づいている。呼吸している。
そこをしっかりと理解してなければ、灯台下暗しだと思う。

ソーシャルメディアを学ぶ、語る。
どちらでもかまわないのだけど、人と人とがつながることの本当の意味、そこから生まれる喜び、苦しみを今一度見つめ直さないといけないなあと感じた。

【ありがとうの連鎖】
これが自分の中のキーワード。

自分でも社内社外でソーシャルメディアを話す機会は増えていて、
なぜかずっとひっかかりがあった。なんかこれでいいのかなあって。

僕はまだソーシャルメディアについて何も知らないけれど、もっともっとソーシャルメディアを冷静に、俯瞰して、客観的に捉え直す必要がある気がしている。

そんな風にサマーウォーズを改めて観ながら思ったのでした。

当たり前なことですね。すんません。
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