カテゴリ:つぶ、やき( 74 )

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今日、プロ野球が開幕した。
3月25日の開幕予定から遅れて2週間。

この日をどれだけ待ち望んだ人たちがいるだろう。
被災した方々、被災していない方、無論全員ではないだろうけど、
プロ野球を待っていたのだと思う。
もちろん、プロ野球以外にも多くのスポーツが待ち望まれていたはずだ。

僕はプロ野球が大好きだから、大切だから、必要だから、
なんだかとても嬉しくて、嬉しくて、今日を待ち望んでいた。

野球をする。
ある人から見たら、こんなときになにを!と思われるかもしれない。
ある人から見たら、こんなときだからこそ!と思ってもらえるかもしれない。

僕はどちらも真実だと思っている。どちらも間違っていないと思う。
それをいちばん悩み、苦しみ、考えているのは選手たちなのだ。

阪神の新井選手会会長を始めとした選手たちががなぜ、あれだけ開幕延期をこだわったのか。
ダルビッシュが野球人である前に人間、こんなときに野球をしていていいのだろうかと言ったのか。

特に東北楽天の選手、スタッフたちは被災者でもあるのだ。
自分の家族、家、友人。自分たちがその場にいなかったからこそ感じる辛さもあったと思う。

彼らはそれでも野球を続けた。悩みながら。考えながら。
そして、時間を見つけては募金活動や支援活動を行った。
他球団の選手たちと一丸になって、自分たちのできる支援を行ってきたと思う。

今月のスポーツグラフィック雑誌『Number』は田中将大、斉藤佑樹を始めとする
黄金世代特集だ。その雑誌の中で、東北楽天の震災直後から今に至るまでの
ドキュメントを掲載している。

僕は読んでいて、涙が出てきた。
同時に僕は野球ファンで本当によかったと思った。

プロ野球だから、できることがきっとある。
プロ野球選手だから、できることがきっとある。
それをこうやって今日、実現してくれたことに感謝。

特に東北楽天の選手や東北、関東北出身の選手スタッフたちには
最大限の敬意と感謝を。

彼らが野球を全力でプレーする。
だとしたら、僕らファンは全力で応援すること以外あるだろうか。
被災している方も、被災していない僕らも救われる人は必ずいる。

そうやって迎えた2011年の開幕。
東北楽天は岩隈で勝利を迎え、我が西武もダルビッシュを攻略し、勝利。
巨人も勝利し、個人的には最高の開幕となった。

どこかが勝てば、どこかが負ける。

それでも僕は野球だからできることって必ずあると思うから
今年もずっと応援し続けたいと思うのです。

みんなでテレビで、ラジオで、インターネットで、そして何より球場でつながる
プロ野球はきっと多くの人の力になると信じてる。

今年もたくさんの名勝負を見せてください。
それが笑顔になり、希望になると思います。
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今日で社会人5年目を迎えた。
早かった。そして、素晴らしき4年間だった。

インターネット広告代理店の新卒で入社してから
もはや4年も経ってしまった。

そのあいだに僕は新しい会社に移り、
数多い同期たちも結婚したり、出産したり、出世したり、転職したり。

いろいろなことがあった4年間だった。
多くの人に多大なる迷惑をかけ、計り知れないほどお世話になり
一言で言って、素晴らしい4年間だったといえるだろう。

そういう風に思えるのもすべてまわりの人たちのおかげです。
本当に感謝しています。ありがとうございます。

4年前の今日、僕は入社式を迎え、オリエンテーションを受け、
地元の花見へ向かったのを覚えている。

そのときに親友のレコーディングエンジニア(現在、尿管結石中)に
『明日も早いから』と立ち去ろうとした際に、無理矢理拉致されオールを余儀なくされた。

案の定、僕は入社2日目にも関わらず寝坊をかまし、
猛烈な勢いで自転車を駅に向かって漕いだ。

あれほど必死の漕いだことは今までの人生を振り返ってもそうないだろう。

そして、僕はそれはそれは美しいくらい見事に車に轢かれ、自転車は大破した。
僕は漫画みたいに宙を舞い、飛んで、飛ばされた。

ドライバーが顔面蒼白で救急車と警察を呼ぼうと言ってくれたけど、
そのときに僕にとって大事なのは、救急車でも警察でもなく
入社したばかりの会社に遅れないことだった。

大丈夫です。ケガもありません。

僕はそういい残して、前輪が大破した自転車を漕いで駅に向かったのだ。
そして、間に合った。

肉体とは不思議なもので、極度の緊張状態が解けると
体中が痛みを増してくる。

膝、腕、腰どこもかしこも痛い。
そんな幕開けの社会人生活を僕は始めた。

車に轢かれる社会人生活の始まりから4年。
そうやって僕は5年目を迎える。
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近所に銚子丸という回転寿司屋がある。
手ごろな値段で、それなりに新鮮な魚を食べれるとあって、結構な頻度で通っている。
土日ともなると、人であふれかえり、かなりの間待たされる。

そんな寿司屋にひとり僕が(正確に言うと相方含め)気になっている人がいる。

僕らの中で彼女はSUSHI GIRLと呼んでおり、非常に優秀な職人である。
注文したら、あっという間に手なれたさばきでネタを握る。
その流れるような速さに、なぜ君はこんな回転寿司屋で働いているのかと問いたくなるほどだ。

SUSHI GIRLを見ていると、彼女は寿司を本当に愛しているように思う。
そこにはお金といったものに各段こだわりがあるようには思えないのだ。
(あくまで勝手に、根拠なく、決めつけたかのように僕が思っているだけだ)

他の男性の寿司職人に劣らず、ネタを握るSUSHI GIRLは生き生きしているように見える。
SUSHI GIRLはおそらく10代後半~20代前半くらいで、アイメイクもがっつりしている。
そんながっつりアイメイクをしながら、板さんの格好をしているのだ。
要はギャルっぽいのだ、みかけは。

なぜ、そんなSUSHI GIRLを僕が気になっているかというと
実は彼女は自分の寿司スキルを上げるために、修行しているのではないかという疑問だ。

理由はある。
実は我が家の近くにとしまえんがあり、そこにも回転寿司屋がある。
しかし、そこは明らかに銚子丸よりグレードが低く、接客もイマイチで
みんなバイトみたいな子が大勢いるようなお店だ。

その店でSUSHI GIRLに最初に出会った。
今よりもやる気がなく、もんもんとしているように見えた。
でも、そのときは単純にやる気のないネタを握る女の子という印象だった。

しかし、しばらくしてSUSHI GIRLを見かけたのはとしまえんのやる気のない回転寿司屋ではなく
土日には大行列ができて、威勢のいい職人さんが多数ある戦場のような回転寿司屋だった。

そのとき、彼女を見かけて僕はこう思った。

自分の求めているレベルはここじゃない。
もっともっと寿司を勉強したい。
寿司を愛している。

SUSHI GIRLは高みを目指して寿司店をまたいでいるのだ。
あれだけ若かったなら、もっといろいろバイトもあるだろう。
お洒落なお店で働くこともできるだろう。
いいお給料のバイトもあるだろう。

しかし、SUSHI GIRLはここで働いている。
今日も寿司屋で一生懸命寿司を握っている。

僕らはひそかに応援している。
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地震から48時間が経過した。

僕は無事でいて、僕自身元気に生きている。
家族も平気。相方も相方の家族もひとまず平気。
けれど、その数百キロ先には今も苦しんでいる人たちがたくさんいる。

僕の友人家族も岩手にいたり、
別の友人も実家が茨城にあったり、
知人のお義父さんが岩手にいたり。

僕は節電や募金くらいしかできることがなく
ただただ祈り、願い、想うばかり。

それでも何か役に立ちたい。
1%で直接的じゃなくてもいし、間接的でもいいから、役に立ちたい。

・Google 探したい人/消息状況がわかるサービス
 ⇒ Person Finder

・Google 今回の災害の情報や被害情報をリアルタイム更新
 ⇒ Google Crisis Response

・災害募金
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 ⇒ TポイントとTカード(Tポイント)
 ⇒ グルーポン(クーポン購入)
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 ⇒ はてな義援金窓口(はてなポイント)
 ⇒ @nifty Web募金(壁紙購入)

つながりこそが、僕らの武器です。
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先日、久しぶりに髪を切った。
南青山で髪を切り終わったのは夕方4時ころ。

そのとき、僕は何を思ったのか、どこまで歩けるかなあという漠然とした
それでいて、ワクワクするようなことを思いつき、歩いてみることにした。

まずは南青山から国立競技場まで。
友達が住んでることもあり、よく知った道を歩く。

普段、クルマやバスで通り過ぎている道を改めて歩くことは
まるで友人の新しい一面を垣間見る感覚に似ている。

「あー、お前そんな嗜好があったのね」

国立競技場からと都庁前までルートを伸ばす。
同じように歩いている人、そっとたたずむお店
小さな小さな【発見】と【確認】が次から次へと現れる。

「あのお店は何を売っているんだろう」
「ここで働いている人はどんな人たちをお客さんとしてるんだろう」
「この道の先には、こんな景色があったのか」

僕はなんだか無性に楽しくなってきてしまって、
遠回りをしながら、知らない道を曲がってみたり、そんなことを繰り返し繰り返し
都庁前を目指す。

しかし、人とはなかなか欲深い生き物で、都庁前まで行ってしまったら
もう少し行ってみたい。と思うのである。

結局、大江戸線中井をゴールに設定し、歩き出す。
同時に知らない道を好き勝手に歩き、迷う。

すると、人間とはなかなか弱い生き物で、一気に疲労が溢れだす。
自分のテリトリー内だと尚更、溢れだす。

結局、僕はゴール間近で疲労困憊となり、
中井のひとつ手前の駅、東中野で東京散歩を締めくくることになった。

それども、心地よい疲労感と東京というずっと生まれ育った街の景色の
新しい一面を見れて、なんだか得したような、秘密を教えてもらったような気分だった。

東京って広いね。やっぱ。
いい東京散歩でした。
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2011年を迎えて、仕事も始まり、けれども三連休になり、
お休みなんだか仕事全開なのかいまいちよくわからない今日この頃。

今年はどんな年になるのかなあ。
今年はどんな年にしたいかなあって考えてみる。

昨年は種を蒔いて、結果小さく実ったものもあれば、大きく花開いたものもあり、
ともすれば幸せな一年だったなと思う。いや、幸せだったなあ、間違いなく。

そして、今年はいよいよ自分の中では『飛ぶ』というキーワードが大事になってくる一年だと思っている。
それは仕事もプライベートも。
きっと大きな決断をする一年になると思う。

まだまだ足りないところはあれど、助走はいっぱいしてきたつもり。
そろそろ、『飛ぶ』ことが必要になってくるんだと思う。

『飛ぶ』ってなんだろう。
それは決断であり、決意であり、行動であり、想いであり、意識であり、
自分を取り巻くすべてのことに紐づく言葉なような気がしている。

足りないところはあげてもあげてもキリないし、
勉強不足もあげてもあげてもキリがない。

したいことは山ほどあって、どれも実現したいと思っている。
それは大きなことから小さなことまで。

でも、どう転んだって僕はまわりの人に支えられ、助けられ、生きていると思うわけです。
一人じゃなんもできないんです。

だから、今年は自分自身が『飛ぶ』ことも意識しながらも
まわりの大切な人たちも『飛ぶ』ことが、その手助けができたらいいなあと思っている。

きっと転機の一年になる。
そんな気がしている。

自分の足元を見つめ、楽観も悲観もなく、ちゃんと受けとめ、胸をはって
『飛』躍できる一年にしたいと思います。
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今年も残すところ、あと5時間となり、
いよいよ今年も終わるんだなあと、コーヒーを飲みながら思うわけです。

同時に本当に素敵な人たちがいるたちに恵まれているなあと
感謝してもし足りないほど僕は恵まれていると感じているんですね。


ありがとうございます。
それしか出てこないのです、ほんと。

365日かぁ。
あっという間のような、ものすごく長いような1年間。
来年はどんなことが待っているだろう。

きっと楽しいことも、苦しいことも待っているだろうけど、
ぜんぶ自分の糧になる。

すべての人にありがとう。
みなさんにとって、素敵一年でしたか?
そうであったなら嬉しいです。

2011年が笑顔の絶えない日々になるようにと祈っています。

明日はきっと、いい日。
来年もきっと、いい日。

いま、両親が紅白歌合戦を見始めました。
母親はニノが好きだと言っています。

さあ、よいお年をお迎えください。

父のipadで打つブログはなんだか難しい。
画像もあげられないや笑

まあ、いいっか。

ありがとう2010年。
よろしく2011年。
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フジロックの4日間の備忘録を書いてから、早く4カ月が経過してしまった。
なんて持続性のない男なのだろう。4ヶ月間まったく書いていないなんて!

そんなずぼらな僕でも、この4ヶ月間いろいろあったわけで。
お仕事もプライベートも。

さて、今回はちょっとばかし今年を振り返ろう。

今年の目標として4つ立てたものがある。

①たくさんの人と会うこと
これは達成された。本当にたくさんの人に出会えた。
感謝してもし足りないくらい多くの人出会えた。
会いたかった人にも会えた。これは大達成だ。

②ジム
挫折。。。たまーに行くくらいで、継続できなかった。

③英会話
挫折。。。上に同じく。

④旅
出張で大阪に行く機会が多々あり、大阪、京都、神戸、明石など合わせて行けたのはよかった。
そして、フジロック!ある意味達成されたといえるであろう。

しかし、
ジムしかり、英会話しかり、継続がまさにものをいうものを僕はできなかった。
このブログもそう。

ここが僕の弱点。
もしかしたら、これは、ひとつの啓示であり、しるしかもしれない。

もっともっと成長するために必要なこと。

とりあえずこのくらいで。
必ず年内にもう一度更新します。
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僕の最寄り駅に西友がある。
その中にちょっとしたお弁当街がある。中華やらとんかつやらいくつか並んでいる。

僕が個人的に気に入っているお店がある。
店名は忘れてしまったけど、ステーキ弁当が主な商品だ。

そこで働いている『木下のおばちゃん』がとても好きなのだ。
決して段取りがうまいわけでもないし、お釣りは間違えるし、商品をくれなかったりとダメダメっちゃダメダメなんだけど、僕は気に入っている。

それはなんでだろう。
ひとえにそれは【心底お客さんのことを考えている】という想いが伝わるからだと思う。

もちろん、接客業である以上、お釣りを間違えたり、商品を渡すのを忘れてしまうのはよろしくないんだけど、それを補い余るくらい、気持ちのいい接客なのだ。

僕がなんとなく疲れて顔を出すと
【元気?今日はなに食べる?タイムセールでこれがいいよ】って言ったり。
週の始めに顔を出すと
【今日は月曜日だから、一週間乗り切るためにこれにしなさい】って言ったり。
商品を渡すのを忘れたりすると
【ごめんね。。私いっつもへまばかりで。懲りずにまた来てね】って言ったり。

ひとつひとつの言葉に気持ちがこもってる。
その他大勢じゃなくて、僕だけに向けてくれている。

都合良く解釈すればそんな風に感じるのだ。

でも、それでいいんだと思う。
僕はこれからもこの【木下のおばちゃん】がいる弁当屋でステーキ弁当を買い続けるだろう。
それはそこに【木下のおばちゃん】がいるからだ。

弁当の味も価格も大事だけど、僕は【木下のおばちゃん】から買いたい。
だって、結局、人と人の関わり合いだと思うからです。
直接顔を見て、声を聞いて、話して、
これ以上の関わり合いってないからこそ大切なんだと思うわけです。

いま、やれソーシャルメディアだとか会話、対話マーケティングだとかいろいろ言われてますが、
そういう人と人との関わり合いがあってこそのものだと思うんです。

どんなにツイッターで会話をしようとも、顔を見て直接2分話すほうが
よっぽどそのお店、企業への愛は深まる。

だから、そういうところをおざなりにしていないか。
どんなにツイッターで関係を築こうにも、そのあとお店に行って、嬉しくなかったり、気持ちよくなかったり、感じが悪かったりしたら、一発で崩れる。

まず足下を見つめて、それでも届かない人たちへ伝える手段として、
ソーシャルメディアを活用する。

気球みたいにフワリフワリと会いには行けないから、
会えない人たちとつながるために、全員に直接お礼を言いたいけど、言えないから、
ソーシャルメディアを活用する。

そんなことを思う蒸し暑い月曜日の夜です。
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巷ではやれソーシャルメディアを含むwebとマスメディアは対立概念ではなく、
補完し合う関係だとか言われているけれど、ちょっとのそのあたりの自分なりに考えてみたい。

たぶん、いろいろな人が言ってるかもしれないけれど、ご容赦くださいね。

テレビ局、マスメディア、広告代理店の方々が考えるソーシャルメディアを含むwebとwebの中にいて、webに多大なる可能性を感じている人では、捉え方、利用の仕方が異なってくると思うのです。

あるテレビ局もしくは広告代理店が狙った話題化、バズがweb上で、
違う!これは消費者を馬鹿にしている!わかってない!と声を上げ、
ソーシャルメディアを含むwebで氾濫したとしても、
もしかしたら全然いいのではないかと思ってるんじゃないかってこと。
もちろんモノ、コトによります。

例えば、ちょっと前にかなり話題になった北川悦吏子脚本のドラマ【素直になれなくて】

これはtwitterを使ったドラマですが、ひどい言われっぷりですよね。

twitterを出会い系と勘違いしている。
twitterじゃなくてもいいじゃん。
北川悦吏子さんはtwitterを何もわかっていない。
twitter上での北川悦吏子さんの発言等。
などなど。

でも、テレビ局からすれば悪いバズが起ころうが別にいいと思ってるんじゃないかなあ。

つまり、ドラマを見てくれればいいってこと。

ソーシャルメディアを含むweb上で【素直になれなくて】やその周りに付随してる要素を批判してる人って
結局、テレビ局の戦略にうまくハメられてるって気がするんですよね。(注1)

だって、なんだかんだで見てるんだから。

たとえそれが一回きりだったとしても、その声が拡散して広がっていけば、その人は見なくても
また別の人が見てくれるかもしれない。

だから、本当に【素直になれなくて】を批判するんだったら、見ない、書かないってことだと思うんです。
嫌われるよりも無視がいちばん、悲しくないですか?

ってことを考えていくと、結局テレビ局からすれば、全然オーケーよ、と。(注2)
ちょっと今の【素直になれなくて】の視聴率はわからないんだけど。

注1)別にその戦略がいいとか悪いとかを論じるつもりもありません。

注2)もちろん決めつけているわけではありません。テレビ局の中にいる方でも
もっともっとテレビとwebを前向きに融合しようとしている方は大勢いらっしゃると思います。

つまり、僕らはいつでも声を上げられて、その声は可視化されて、ストックされてる状況になったけれど、
実は思考停止になりつつあるんじゃないかなあ。あらゆる声に。

テレビからのニュースを盲目的に信じることは思考停止につながる。
だからこそ、僕らはソーシャルメディアを含むwebのように統制出来ない情報も含め、
自分でジャッジして、判断していくチカラが必要なんだとどこかの本に書いてありました。

でも、実際はマスメディアとソーシャルメディアを含むwebが増えただけで、
あまり変わってないんじゃないかなあ。

今一度、冷静に捉え直したいもんです。
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