『共感』と『共鳴』は明確に違うのではないか?

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ちょっと時間が空いてしまったけれど、再開しようと思う。
音楽ビジネスの可能性について。

振り返りも含めて一連の記事を。

音楽はもともと無料のものだったのだ
音楽は『所有』よりも『共有』で事足りてしまうのか
共感だけでは足りないし、共有だけでも足りない

まず、『共感』という言葉と『共有』という言葉と『共鳴』を分けて考えたいと思う。
wikipediaによると、それぞれこう書かれている。

『共感』
共感(きょうかん、英語:empathy)は、他者と喜怒哀楽の感情を共有することを指す。もしくはその感情のこと。

『共有』
共有(きょうゆう)とは、所有権などある一定の権利が複数の主体によって支配・利用されている状態のこと。

『共鳴』
他人の思想、信条に共感することを物理用語を仮借して「共鳴する」と日常的に言い表す。

ここで重要なのは『共感』と『共鳴』の違いだ。
これは非常に似てるものだけど、厳密に見れば違う。

『共感』と『共鳴』を一緒に扱っていたり、語っていることがあるが、
僕はここには大きな違いがあると考えている。個人的にはだけど。

ここを一緒にしてしまうとなにかおかしなことになる。
もちろん曖昧さも含んだものだから、一概には言えないけど、
一緒くたに自分はしたくないなあと。

『共感』と『共鳴』の違いは何か。
それは【行動性】と【熱度】ではないかと考えている。

『共感』は行動を伴わないある種の冷静さを持っている。
『共鳴』は「鳴る」と書いてあるように、「感じる」だけでなく、
五感で捉えることが出来る何か別の行動が伴っている。

この【行動性】と【熱度】は結構違うんじゃないのかなあと。
いいね!ボタンのようなものは【共感性】に当てはまると思うのだけど、
ことリアル、場所を関係させて行く場合は【共感性】だけでは弱い。

【共感性】も必要なことではあるけど、【行動性】と【熱度】は『共鳴』のほうが強いし、
共感だけではやはりダメだ。

さて、これを音楽ビジネスに展開した場合、どうなるか。

順序的に言えばこうだ。

共有→共感→共鳴

この流れでさらにコンサート(フェス)前とコンサート(フェス)最中と
コンサート(フェス)後の横3軸縦3軸で考えてみると色んな可能性が広がってくる。

リアル(フェス、コンサート)と自社サイトやソーシャルメディアや音楽サービスを
連携、連動させて、音楽ビジネスを復権させる。

今は音楽ビジネスを変えようとする動きも加速してきて
メリディアンローグというバンドが提唱する『OASオープンド・アーティスト・システム』なども
出てきて非常にいい流れだなあと思っている。

その中で音楽を愛するひとりの人間として、何かできたらいいなあと思っている。

音楽だからできること。音楽にしかできないことはきっとたくさんあって
その中で享受する者と発信する者がいて、あいだを取り持つ者がいて、
いろんなしがらみや思いはるだろうけど、いい方向に進めばいいなあ。

『共有』『共感』『共鳴』を軸にして、音楽ビジネスをもっともっと活性化させたい。
音楽業界とは関係のない場所で思ってたりします。

次回は第一段階の【共有】部分を具体的に中身を考えてみようと思う。
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